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ゲランドの塩生産者組合について

このページでは、弊社取り扱いのゲランドの塩を生産している『ゲランドの塩生産者組合』の歴史や組織概要、活動などを解説させて頂きます。

part1 歴 史

ゲランドの塩は歴史に深く根ざしています。半島では鉄器時代(訳注:紀元前11世紀以降)から収穫が行われていました。今もなおカロリング朝時代(訳注:751-987年)からの塩田が5ヶ所あり、それは今でも使われています。

1500年頃にはすてに塩田の面積は現在の80%を占めていました。海上交易の発展のおかげで、1660年までに2500のウィエ(結晶池)が作られました。ゲランド地方に最後に塩田ができていたのは1800年頃のことです。現在では1万以上のウィエが機能しています。

1840年から1969年までは、塩職人は長い危機の時代に直面することになります。
岩塩と地中海産の塩の国際競争が主な原因です。
その影響を受けないはずはなく、1840年には600人から900人だった塩職人は、1973年には248人でした。

1970年代から1990年代は復活の時代です。勢いのある工業生産の塩から自分たちの塩を守るために、また、不動産開発業者の欲から塩田地帯を守るために、一致団結して奮起した塩職人たちは、現代の経済論理を取り入れて組織再建をはかりました。

技能研修の実施、農業協同組合の設立、取引会社の買収、大西洋の塩をプロモーションするための協会(APROSELA)の創立、などです。ただし、ここにしかない質の高いゲランド塩を作り続けてきた古くからの営みを放棄することはありませんでした。

1988年に農業協同組合が設立されたことによって、塩職人は生産から販売に至るまでを組織立てて完全にコントロールできるようになりました。組合が買い付けから貯蔵、パッケージング、販売まで担っていて、約190人の塩職人が結集しています。

うわべだけの謙遜なしに申し上げれば、レ サリンヌ ド ゲランド生産者組合は、原産地が証明されているテロワールの塩という市場におけるまさに先駆者でありリーダーであると断言できます。

ゲランドの塩、ル ゲランデは、まず1989年に、ナチュール&プログレの認証を受けました。1991年には、価値あるラベルルージュも取得しました。
今のところ、ラベルルージュの品質を持っている唯一の塩です。
1992年、レ サリンヌ ド ゲランド生産者組合に子会社ができますが、現在は合併 されて、組合員の生産物の商品化・販売を担っています。

それから数年間のうちに、レ サリンヌ ド ゲランド生産者組合は、セル ド ゲラン ドを市場に出すことにおいて、その組織に完全な自立性を持たせ、消費者の期待とディストリビュータの要望、そして生産者のニーズとのバランスを取ることを実現できたのです。

PHOTO (C) LES SALINES DE GUERANDE Pascal FRANCOIS

セル マリン ムリュ 500g / 250g ブルターニュ地方、ゲランドの塩田風景 ゲランドの塩田、グロ・セルの収穫風景 フルール・ド・セル(塩の花)の収穫